東日本大震災におけるこれまでのOPCJMの「支援活動」報告

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    東日本大震災におけるこれまでのOPCJMの「支援活動」報告

     

    1OPCJM「支援活動」(指揮:ラウワ宣教師)

    1318日(金)の夕方までに支援品を調達

    *震災地からの必要品の通知は、北中山伝道所、東仙台教会から、尾形先生へ行われ、それをラウワ宣教師へ連絡。その他に打診せず。

    2319日(土)

    仝畫7時頃、「仙台めぐみ」へ到着し、睡眠と食事との休憩。

    午後3時頃から支援品の分配活動。

        a.「仙台めぐみ伝道所」⇒ 会員・求道者、
                      その知人や教会近辺の人
    2

        b.「北中山伝道所」⇒ 〃

        c.「東仙台教会」⇒ 〃

        d.「仙台教会」⇒ 不明

        e.「亘理伝道所」⇒ 主に、亘理伝道所近辺の小学校の
                   避難者支援(
    3トン位)。

    3320日(月)、深夜、関東へ帰還

    4)尚、315日(火)前後に行われた「支援活動」は、直接OPCJMのものではありませんでした。カミングス宣教師の息子が現在所属する「組織的教会とは無関係な」宣教グループのボランティア活動(2トン×2台)。

       仙台、東仙台、仙台カナン、石巻→避難所との折り合いがうまくいかず、結局、持ち帰るということになる。

    *カミングス宣教師は、OPCJMの支援活動の「震災地リーダー」であると共に、OPCJMを越えて、上記の「非教会キリスト者グループ(アイサカ)」とも行動を行って、ここ2週間に45回の支援を行っているようです。まだこの活動については、全体像を把握出来ていません。

     

    2OPCJM「支援活動」(指揮:ラウワ宣教師)

    1325日(金)午前2時、支援隊(2トントラック×3台)が仙台めぐみ伝道所到着。

    *ラウワ宣教師と夫人、その息子、北沼津教会員・O兄、

    立石章三教師、林豊彦教師、計6名(男5、女1

    午前8時頃まで仮眠。

    2)午前10時〜午後1230分、支援物資を、あらかじめ受け付けていた必要品を分類(仕分け)した。それらを、大きく二つの場所へまとめて保管し、それからさらにいく つかの教会・要望者へ分配する仕方とした。

     (A)「仙台めぐみ伝道所会堂」

       a.仙台めぐみ伝道所の教会員たちと、津波被災親ぞくたちの
         ために。

       b.北中山伝道所の人々と、その知人、友人たちへ。

       c.M.ジェイブス宣教師夫妻と、その人々たち
         (
    OPC宣教師方と親交ある宣教師)。

     (B)「東仙台教会会堂」

      a.(東仙台)立石教師による、石巻の避難所の人々へ。

      b.仙台教会と仙台教会所属仙台栄光伝道所の方々。

      c.(仙台カナン)吉岡教師による、石巻と女川との避難所の
        人々への支援のため。

    3)仙台において、仕分け、又、運搬等に協力した人々

     

           カミングス宣教師        

           ウオモト宣教師と夫人    

           坂本教師             

           尾形教師              

           立石教師

           仙台めぐみ会員・I兄                

           仙台めぐみ礼拝出席者・M姉               

      ・ 仙台教会青年・H兄

    ・ 東京恩寵教会青年・S兄

    ・ OPC宣教師と親しくしている宣教師

        ジェイブス師とその知人

     12名(男9、女3

     総計 18

     

    4)東仙台教会で必要品をおろす。そののち、亘理伝道所へ向かう。そして、支援隊は関東へ帰還。

    323日(水)、24日(木)

         23日(水)ウオモト宣教師・尾形教師が、宮城県内の諸教会や教会役員代表者たちへ必要品があれば要求してもらいたい旨、送信。ウオモト宣教師が、そのリストアップ。

         24日(木)ラウワ宣教師などが支援物資の買い付け。


    東部中会の有志支援レポート

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      ※ブログ用に若干編集してあります。また、写真は技術上の問題で現時点では掲載できませんでした。ブログ管理者より


      ドキュメント、2011年3月 横浜天王町商店街の救援物資が、仙台に届くまで

       

      パート1、横浜〜宇都宮   横浜中央教会牧師 立石章三

       

      3月15日

      午前中:東仙台教会の立石彰牧師から、横浜中央教会牧師立石章三へTEL。「援助物資が届いていない避難所がたくさんある。何とかガソリンや食料を届けてもらえないか。」

      夜 立石:宇都宮教会の馬栄烈(マ・ヨンヨル)宣教師へ相談。

      マ宣教師:「すでに韓国の救援チームの調査隊、韓国教会のNGO Happy Nowが仙台へ向かっている。夜に到着する予定。このチームの通行許可書を宇都宮警察署で所得する手続きを私がしたから、私も許可書が取れるはず。閉鎖中の東北自動車道は緊急車両通行許可書があれば通れる。」

      立石:関東の教会連絡網へ連絡。「仙台へ救援物資を送る方法あり。宇都宮教会へ支援物資を送れ。仙台への搬送可能性あり。」

       

      3月16日

      午前11 時:マ宣教師よりTEL。「通行許可書の可能性確実。私が仙台へトラックを借りて物資を運びます。」

      11 48 分:立石、近隣のT氏へTEL。「ガソリンを手に入れる方法はないか。」

      13 時:立石、天王町商店街協同組合理事長を訪問。商店街にあるガソリン・スタンドで、優先的にガソリンを購入できるよう、推薦状を書いてくれと依頼。理事長OK。この推薦状を持って、保土ケ谷区役所を訪問。保土ケ谷区の推薦状を申請するも、「推薦状が通用するスタンドなどない」と拒否される。「いいえ、私は人の善意を信じます」と反論すると、「ガソリンが欲しいだけだろう」と罵倒された。次に保土ケ谷警察署を訪問。緊急車両通行許可書発行を依頼するも、「民間団体に発行すること不可能」との返事。

      立石彰牧師よりTEL。「近所の避難所(300 人)に、ちくわ、かまぼこが届いているが調味料なし。味噌、しょう油、味りんなどが欲しい。」

      13 48 分:T氏よりTEL あり。「二時間並んで車(セダン)を満タンにした。宇都宮往復可能。」立石とT氏の二人で宇都宮行を決意。マ宣教師に報告。満タンになった車のタンクからガソリンを抜く方法を模索。容器にガソリンを移せれば、もう一回スタンドに並ぶつもり。またワンボックスのレンタカーを借りる算段を始める。

      14 30 分:立石、教会の近隣会員へ連絡、救援物資を要請。また「仙台へ救援物資を!」のちらしを30 枚印刷し、教会近隣の商店を訪問。大半の商店はちらしを快く受け取り。しかし一件だけ、「素人が行っても邪魔なだけ。売名行為だろう」との中傷も受ける。近隣のスーパーで食料を精一杯購入。

      14 37 分:教会連絡網からメールで連絡。「宇都宮教会のマ宣教師が仙台まで車で行く許可を警察から得ることができました。明後日18日朝にレンタカーのトラックで出発します。宇都宮教会に明日中に持ち込んでいただければ、物資を運んでくださるとのことです。可能な方は、ぜひご協力ください。」

      16 時ころ:ラジオ牧師山下正雄教師から、「私も行く。横浜中央教会へ寄って、荷物を積んであげます」との連絡。

      1619 時:教会近隣の3名が物資を教会へ搬入。

      1920 時:祈祷会、5名出席。この地域の計画停電は実施されず。被災者と宇都宮行きを覚えて祈祷。近隣の2軒の教会から訪問客あり。献金と援助物資を受領。段ボール箱詰め作業開始。

       

      3月17

      912 時:教会員5名、および11軒の商店より物資が届く。およそ段ボール15箱分。車1台では無理なことが分かり、急きょT氏も出発することを決定。人の善意の何とすばらしいことか!。商店街に声をかけ、出発式。

      12 30 分:到着した山下牧師(ミニバン、すでにかなりの物資、同乗者T・M)とT氏(セダン、同乗者立石章三)の車2台に物資を積み込み出発。横浜から宇都宮へのルートは、東北自動車道が閉鎖のため、首都高(三郷)常磐自動車道(友部)、北関東自動車道(壬生インターoff)、宇都宮教会。

      13 40 分:常磐自動車道の守谷SAでガソリン補給。1時間待ち。北関東自動車道沿線の民家は、地震のため屋根瓦が壊れ、各地で多くの家の屋根がブルーシートでおおわれていた。

      16 35 分:宇都宮教会到着。マ宣教師は東京の足立区で会議中。マ宣教師の奥様に連絡。上福岡教会の古純人神学生が待機中。5人で荷物を降ろす。すでに、上福岡教会と羽生教会の援助物資が相当量到着しており、トラックが必要。

      17 時: マ宣教師よりTEL。「韓国大使館より、福島原発80kmより外へ非難するよう要請ありとのこと」。帰路の混雑を心配し、早々に宇都宮教会を出発。鹿沼市、宇都宮市内は停電中。信号のない交差点を突っ切り、北関東自動車道へ。東京に近付くにつれ、ビルの照明が明るく輝く。もっと節電したら良いのにとため息。

      20 時:私の役目はここまで。往路と同じ道を通り、横浜到着。人の善意を信じて行動して良かった!!

      宇都宮教会へ到着

       

       

      パート2、宇都宮から仙台へ(ここからは古澤純人神学生のレポート 時間はおおよそです

       

      3月18日(金)

      7 10 分:馬栄烈(マ・ヨンヨル)宣教師、古純人、宇都宮教会にて祈祷し、準備開始。

      7 30 分:朝食をとり、トヨタレンタカーにて予約していたワゴン車(ハイエース)を借りる。

      8 10 分:宇都宮教会に戻り、17日に届けられた支援物資の積み込みを開始。かなりの量だったため、乗り切るか不安だったが、2台の車に全ての物資を積むことができた(宇都宮教会のご婦人、近隣にお住まいの方からも物資とお手伝いをいただきました)。

      9 30 分:積み込み完了。道程、給油ポイントの確認、現地についてからの行動を確認。当初の予定では、東北道で北上、那須高原SAで給油、高速道路に一般車は入れないので渋滞はないと予測、12時に仙台入り予定。

      (約2時間走行)まず、仙台教会に物資を届け、仙台教会の吉田隆牧師から近況を聞き、その後、東仙台教会に向かう計画を立てる。しかしこのスケジュールは、その後どんどん崩れていった。

      10 00 分:マ宣教師の奥様に見送られ車2台で宇都宮教会を出発。マ宣教師の所有車(プレサージュ)を古純人が運転し、ハイエースをマ宣教師が運転。途中、ホームセンターにて追加で必要になったものを購入し、鹿沼ICへ。

      10 15 分:鹿沼IC料金所で警察官の検問。『緊急通行車両確認証明書』(取得日より1ヶ月有効)を見せる。警察官より「ごくろうさまです。がんばってください」と励ましの声!

      11 00 分:高速道路には車が思ったより多かった。自衛隊の輸送車が一番多く、緊急車両もあった。その中で、消防関係車が20台以上の隊列を成しており写真を撮りたかったが、運転中のため断念。支援物資輸送のための一般車やトラック、人的支援のためバスも多かった。道はところどころ痛んでおり、段差やひび割れ、土砂崩れによる車線規制あり。制限速度は時速50キロ。

      11 40 分:自衛隊車両・警察車両で混雑していた那須高原SAでの給油をあきらめ、安積PAで給油を試みるも「軽油は売り切れ」と言われ1つ先の給油所まで行くこととする。(プレサージュはレギュラーガソリン、ハイエースは軽油を使用)

      12 10 分:安達太良SA到着。給油所に10台くらい並んでいたが待つことにする。しばしの休憩。ここでも「軽油はない」と言われ、プレサージュのみ給油する。以後、給油ポイントがある度に問い合わせるが断られる。このあたりで高速道路を走っている車(トラックやバスなど)を考えると軽油の需要の高さに気づく。

      13 40 分:限界を感じ(マ宣教師によると燃料ランプがついてから50kmくらい走った)、国見SAでハイエースを残し、軽油探しの冒険が始まる。ここで無理をしていたら仙台まで辿り着けなかったかもしれない。

      14 20 分:白石ICで降り一般道へ。最初に見つけたガソリンスタンドに入る。給油待ちの列の最後尾が見えないほどで、且つ整理券を持っていなければ給油してもらえないことになっている。いつ売り切れるか分からないとのこと。事情をお話しし、緊急車両であることも考慮され、好意的に優遇してくださり給油することができた。マ宣教師が仙台教会の吉田隆牧師の車に給油しようと用意しておられた燃料(中身はガソリン10ℓ)をプレサージュに補給し、この空いたタンクに軽油を入れて国見SAまで戻る。

      14 40 分:国見SAにてハイエースに10ℓの軽油を補給し、先のガソリンスタンドにまだ軽油が残っていることを願いつつ戻り、再び給油してもらう。これで2台とも燃料満タン!

      15 00 分:仙台入り目前で作戦会議。時間を有効に使う(暗くなると作業効率が悪くなる)ため、別行動をとることとする。マ宣教師はプレサージュで仙台教会へ。古純人はハイエースで東仙台教会へ。その後、再び合流することになるが、ここからは報告者の行動を記す。

      15 20 分:立石彰牧師と連絡をとりながら、合流地点を目指す。途中、高架橋(仙台東部道路)を半分くらい走ったところで、「落橋の恐れがあるため通行止め」とされ引き返す。合流後は、立石彰牧師の支援活動に協力することとする。

      16 16 分:立石牧師と合流。この教会に避難しているNさん(自宅が津波の被害に遭われた)と三人で奥松島へ向かう。ここには壊れたNさんのご自宅と、立石牧師が物資を届けている避難所の1つがある。

      16 50 分:避難所に到着。場所は東松島市野蒜にある定林寺。高台にあり、幼稚園が併設されているので施設があり、避難所とされた。立石牧師が物資を届けているのは、行政からの支援がないため。3 18 日現在、避難者約350名。建物の規模は不明だが、やっと1人1畳くらいを確保することができているという。ピーク時には500名を超え、避難してきた人の受け入れを断らざるを得なかったとのこと。避難しているのは、1歳に満たない赤ちゃんから90歳を超える方までの老若男女。報道されているように安否不明者がしく、Nさんが念入りに情報を集めようとしている姿が脳裏に焼きつく。避難所の状況はなかなか良くならない。疲れている者、重荷を負っている者、希望をもてない者、プライバシーは全くなく、いつまでこの生活が続くかも分からない。それでも、笑顔を見せてくれた。一人の方が気兼ねなく話しかけてきてくれ、不安なこと、将来の夢を語ってくれた。不自由のない生活が守られ、一日しかこの地にいない私のような者に。立石彰牧師と話している時には、笑顔が絶えず、静かな敷地に笑い声が響く。「今まで見てきた避難所の中でここが一番明るい」と立石牧師が教えてくれた。

      一つの印象に残ったことを紹介します。高校3年生の男の子のことです。彼は高校卒業を控え、4月から横浜の専門学校に入学予定。一人暮らしのアパートを借り、引越しの準備をしていた時期に地震が起こり、津波に襲われ、自宅は跡形もありません。家には誰もいなかったが、全てを失いました。自宅があったという場所を、唯一持っていた携帯電話で撮った写真を見せてくれた。アパートは借りても、運ぶものがない。横浜に行く交通手段もない。自分が関東から来たということを伝えてあったので、つい「連れて帰ろうか」と言ってしまいそうになりながらも声には出せませんでした。すると、彼は「学校もないからちゃんと卒業できるかも分からないけどね〜♪」と笑いながら走っていきました。この状況でどうしてそう振舞えるのか。今を精一杯生きている姿に何も返すことができなかった。

      17 40 分:避難所を後にし、Nさんの自宅へ。津波被害にあった地域は自衛隊の働きによって瓦が運び出され、道路があった。車を止め、自宅に歩いて向かう。歩きにくいぬかるんだ土に木材が突き刺さり、流された車が逆立ちをしていた。自宅に着いたが、玄関から入るために自分の背丈以上ある瓦の山を一つ越えた。中に入ることができ、空からしか撮影されない津波の悲惨さを目の当たりにした。泥まみれのピアノ、原型をとどめていないあらゆるもの、1階の居間はほぼ全滅。建築基礎がしっかりしていたためか流されることなく、2階は生活していた様子がそのまま残っていた。立石牧師はこの中から、まだ使えるものを取り出そうとしている。そのためにまだ明るいうちに行動したかったのだ。最近使っていそうなものをいくつか運び出した。帰るころには真っ暗になっていた。

      18 30 分:東仙台教会に向け出発。帰り道に電気が通っていないことを実感し、障害物だらけの夜道を一人で歩いている高齢の方を見かける。危険な状況から1日でも早い復旧を願う。

      19 00 分:東仙台教会に到着。運んできた支援物資を搬入しているところにマ宣教師が到着。その間にNさんが、食事の用意をしてくださった。

      20 00 分:支援するつもりで来たが、Nさんに食事のお世話をしていただいた。現地に迷惑をかけることはしないようにしようと、マ宣教師と話してきたのだが、食事のメニューは、炊き立ての白いごはん・あたたかいみそ汁・根菜の煮物・サラダ・たらこ・いかおくら和え・納豆・青菜のめ物。生鮮食品があることに驚いた。教会員の方がたまに売り出されるものを献品してくださるそうで、18日の朝、ある女性会員が届けてくださったものとのこと。この方は医療関係従事者で、この日は夜勤でした。食事をいただいた後、避難民の教会員の方が教会に戻ってこられた。東仙台教会では9名ほどが避難生活をしている。

      21 00 分:東仙台教会から宇都宮に向け出発。高速道路はおおむね順調。那須高原SAで最後の給油。行きと違い交通量は少ない。

      23 05 分:宇都宮教会到着。


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